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妻が椎茸だったころ【感想】

「妻が椎茸だったころ。」

これはいったい何を意味しているのだろう?

 

泰平(主人公)は定年退職した二日後に妻を亡くした。葬儀も終わり、人の出入りもなくなって一息ついた頃に、娘から一本の電話が入る。内容は妻が行くことになっているカリスマ料理人の料理教室の日が迫っていて、代わりに泰平が行って欲しいとのことだった。泰平は拒むが渋々承諾した。

 

料理教室には「5個の椎茸を甘辛く煮たものを持参で。」ということだった。

椎茸を甘辛く煮ることに奮闘する泰平。そんな時にふと、妻のレシピを見つける。そこには愚痴、妻自身の料理の自慢が書かれていた。料理は好きだが毎日の主人と娘に作る料理は義務に感じ億劫だとか会社から同僚を連れてくる夫への不満とか。

 

「椎茸だったころに戻りたい」そう綴られていた。

妻は戻りたかったのだ。椎茸に。

 

そして妻のレシピに子供の頃に読んだという「キノコとキノコ」の絵本の話が出てくる。

 

 キノコという名前の女の子が森に迷い込んで、自分そっくりのキノコと出会う話だ。もしかしたらこの話を読んだからキノコは二つ並べたほうがかわいいと思うようになったかもしれないし、それとはまったく関係ないのかもしれない。そのキノコは茶色のおかっぱをしていて、赤いリボンをつけていたけど、私は、あれは椎茸だったと思っている。

 

妻は料理を達観してしまい、大好きな料理がつまらなくなった。だから椎茸に戻りたかったのか。

夫との人間関係がまだ新しく、水の表面でたゆたうような日々に戻りたかったのか。

椎茸とは本当の自分なのか。

 

これはカフカの「変身」のようなものを感じますね。

そうかこれは「変身」ものだったのか。

 

個人的に「ハクビシンを飼う」が好きです。

タヌキやキツネに騙されたかのような不思議な読後感。

 

妻が椎茸だったころ (講談社文庫)

妻が椎茸だったころ (講談社文庫)

 


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